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細い一筋の伝統

二三三 まなぶ

許六離別の辞
去年(こぞ)の秋,かりそめに面(おもて)を合はせ、今年五月の初、深切(しんせつ)に別れを惜しむ。その別れに臨みて、一日(ひとひ)草扉(さふひ)をたたいて、終日(ひねもす)閑談をなす。その器(うつはもの)、画を好む。風雅を愛す。予、試みに問ふこと有り。「画は何のために好むや」、「風雅のために好む」と言へり。「風雅は何のために愛すや」、「画のために愛す」と言へり。その学ぶこと二つにして、用いること一(いつ)なり。まことや、「君子は多能を恥づ」といへれば、品(しな)二つにして用一(いつ)なること、可感(かんずべき)にや。画はとって予が師と、風雅は教へて予が弟子となす。されども、師が画は精神徹に入り、筆端妙をふるふ。その幽遠なるところ、予が見るところにあらず。予が風雅は、夏炉冬扇のごとし。衆に逆(さか)ひて、用ゐるところなし。ただ,釈阿(しゃくあ)・西行の言葉のみ、かりそめに言ひ散らされしあだなる戯(たはぶ)れごとも,あはれなる所多し。後鳥羽上皇の書かせたまひしものにも、「これらは歌に実(まこと)ありて、しかも悲しびを添ふる」と、宣(のたま)ひ侍(はべ)りしとかや。されば,この御言葉(みことば)を力として,その細き一筋をたどり失ふことなかれ.なほ,「古人の跡を求めず、古人の求めしところを求めよ」と、南山大師の筆の道にも見えたり。「風雅もまたこれに同じ」と言ひて、燈(ともしび)をかかげて、柴門(さいもん)の外に送りて別るるのみ。
元禄六孟夏末                                       
風羅坊芭蕉 

(訳)
許六との別れに添えて
許六とは去年の秋に、ほんの偶然の縁で会うことができたのだが、今年の五月の初めにはしみじみと別れを惜しむ間柄となった。その別れが迫ったある日、君はわが草庵を訪れて一日中のんびりと話あった。許六は絵を描くことを好み、俳諧を愛す。私は試しに尋ねたことがある。「絵は何のために好むか」と。すると許六は「俳諧のために好む」と答えた。「俳諧は何のために愛するのか」と問うと、「絵のために愛する」と言う。学ぶことは二つでありながら、その働きの帰するところは一つなのである。「君子は多能であることを恥じる」と古人が言っていることは真理なのだ。学ぶところが二種類あり、その学びの帰するところが一つなのは、感服すべきことではないだろうか。君は画においては私の師であり、俳諧においては私が教える弟子である。けれども師の画は精神が微細な点にまで行きわたり、筆の運びは絶妙である。その幽かで遠い境地は、私の鑑賞眼では理解することができない。それに比べて私の俳諧などは、夏の炉、冬の扇のようなもので、多くの人々のこのみに逆らっていて、何の役に立たないものである。ただ俊成や西行の歌だけは、ほんの即興的にいい捨てられたはかない戯れの歌も、感銘すべきところが多い。後鳥羽上皇がお書きになったものにも「これらの歌には真心がこもっていて、しかも悲しみを添えている」とおっしゃっていたとか。なので、このお言葉を力と頼み、俊成や西行以来脈々と伝わるその細い一筋の伝統を、けっして見失ってはならない。なおまた、「古人の残したものを模倣しようと求めるのではなく、古人が理想として求めたところのものを求めよ」と弘法大師の書の教えにも見えている。「俳諧の道もまたこれと同じ」と言って灯をかかげて、柴の戸の外まで送り、この言葉を餞別として別れを告げるのみである。
元禄六年晩夏
松尾芭蕉

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

踊りにいかない踊り

二三二 自然とは

「スター☆ドラフト会議 第5回最強ダンススター GP2時間スペシャル」で審査委員長を務めたSAMのコメントが素晴らしかった。一位になった組に対して…
「踊りにいっていない…  踊らされてもいない… 」
その踊りがこれ。
踊りにいっていない踊り

鋼鉄の観念

二三一 変わらないことを知るべし

世界水泳での実況が、とても考えさせられた。観念とはこうも堅くて見えないものである。解説者は優勝するであろう選手にばかり目が行って、もう一人の選手には最後の最後のまた最後になるまで、気が行かなかった。勝つことを考えつかなかった。恐るべし、先入観。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=bWwqkUog9PA

テーマ : 思うこと - ジャンル : 学問・文化・芸術

昔々、まだ学校で体罰が無かったころ

二三〇 知っている昔、知らない昔

「日本の児童は、ほとんど野放しであり、したい放題で、遊びたわむれる。小学校に入学すると、同窓たちの大勢と笑ったり飛びはねたりする。単なる慰安の集まりと思われる。仲よくデモクラシーの印象深い場面を提供する。海軍将軍の子、陸軍将軍の子、代議士の子、判事の子、資本家の金持ちの子が、もっとも身分の低い職人の子と遊びたわむれる。
 教師はおどかさない。教師からどなりつけられるとか、体罰とかをうけない。教師は児童の愛らしい感情にとらえられて、ともに遊びたわむれとともに笑う。いわば兄のようなものに過ぎない。しつけの問題には教師はほとんど身を入れない」
1925年(大正12)に徳島で書き上げられ、翌年ポルトガルで出版されたモラエスの風土記「日本精神」の一節である。モラエスはポルトガルの海軍として徳島に常駐し、日本文化のあまりの美しさに、移住を決心した。


体罰問題の話になると「昔は先生に殴られるのは当たり前だった。今の子供たちは甘い」という声をよく聞く。その人たちの「昔」とは、自分たちの小さかった頃の話である。戦後のことである。戦時中の空気がまだ教室にも残っていた時代である。その人たちは、そのまた「昔」のことを何も知らないで、「昔」を語っている。自分が体験していない、記憶に無い、昔のこと。

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氣のゆくえ

二二九 ゆかし

山路来て何やらゆかしすみれ草     芭蕉(野ざらし紀行)

「ゆかし」という古語が、氣になっていた。何となくはわかる。はっきりとは分からない。
辞書で調べてみた。

【ゆかし】(古語)
動詞「行く」の形容詞化した語。 そちらの方へ行ってみたくなるほど興味をひかれる、 というのが意。 派生して「見たい」「知りたい」から 「恋しい」「なつかしい」まで。心ひかれて、 その対象と強くかかわりたい様を表す。 現在は「ゆかしい」と変化。

ゆかしという言葉は、本来、興味ある方向へ赴く、という行為の裏にある、赴きたい、という欲求を表わす。つまり、行動と欲求の分離。そして、行動できない環境があって、欲求の方がどんどん膨らんでいく状態のことを、ゆかし、で表わした。
奥ゆかし。氣がそっちの方向へ進む。意識上では、何となく、身体上では、強く深く。

現代人は、意識上での「ゆかし」ばかりを考える。
だから、わからない。
昔の人は、身体で「ゆかし」をみつめる。
例えば
ねびゆかむさまゆかしき人かなと目とまりたまふ(源氏物語)
今後、成長していくであろう(若紫の)姿を見ていきたい女性だな、と目がとまりになる、
みたいに。

漢字で書くと 「床し」

・・・なぜ床という漢字を当てたのか。

欲求の方向性。現代人は、思いが前方に向かっていくように感じる。

昔の人たちは、自分の氣は、常に下方へと向かっていると、感じていたのではあるまいか。しづんでいくように。

純真な贈り物

二二八 言葉の消える体験

先輩より、素敵なプレゼントをいただきました。

開く前


何かと思って開いてみると



こちら白鷹稽古場

白鷹稽古場を描いていただいたのでした。

「ようそこ、白鷹稽古場へ」 
               「ザッツ ヤマガタ!!」 
                           「オー!オー!」

 

それだけに留まりませんでした。
これぞ、稽古会 ? ! という希品も。

少女

心より感謝申し上げます。

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世界は詩を詠っている

二二七 即興

詩情あふれる映画を観た。
「悲しみのミルク」
全編、祈りのような映像で進んでいく。

葛蛇玉

二二六 そこに居る

仙台市博物館に行ってきた。
すごかった。
驚いた。
伊藤若冲の「ぶどうの木」

budou

もっとすごいものがあった。
葛蛇玉
karasu to usagi

ひとつのおわり

二三五 落ち入る

室野井洋子さん

福笑ひ

二三四 笑ひの中から

犬が笑うと、怖い。
人が笑うと、なごむ。
魚が微笑むと、妖怪的。
人が微笑むと、人間的。

動物は怒り、悲しみの表情をするが、笑わない。
魚は無表情。決して笑わない。

人間が笑いを獲得する以前、笑いは畏れの象徴だった?

哀しいときに笑っている人。
悔しいときにも笑っている人。
日本人は真面目に笑う。
辛いときこそ、日本人は笑う。

日本(人)は笑ひの中から生まれてきたに違いない。

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