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2009
01.17

究極のすべり

Category: 未分類
七 内圧は感受性

内圧がたかまればすべり易くなるって言ったけんど、内圧を感受性とか要求とかの言葉に置き換えてみると面白いと思うよ。
例えばよ、腹減ったなあ、旨い米食いてえなあ、と思っているとするべ。そんときによ、母ちゃんが「いい米入ったよ、仲右エ門さんちの手作り米だ」ってご飯を持ってきたとするした。炊きたてのコシヒカリがいきなりどーんと現れるわけだ。お椀にこんもり盛られてよ、一粒一粒しっかり立ってる、艶々でうつくしい山形米だ。それが目の前にあるってわけだ。
どうなるよ。
ハラの奥の奥から、食いっちゃいー!って要求が突き上げてくるべな。そして素直に「いただきます」ってお椀と箸もってご飯、口にかっ込むべ。
そんときの動きだな。それが、すべってるって感じなんだと思うよ。
からだ全部でご飯一杯にに向かっているべ。
すーっと動いているべ。
まさしくすべってる。
けんど、まだまだだ。次がある。

美味い美味いって、ガモガモ食ってるとよ、母ちゃんが突然言うんだ。
「これ一杯しかないからな」って。
えっ、と思うべ。びっくりして手が止まって、開いていた口もゆっくり閉じるべした。
いろんなこと考えるべした。もったいないなとか、もっと大切に食べねとなとか。
からだは止まるけんども、自分の内面がいろいろと動き始めるべよ。
今度はガモガモなんて食えね。ゆっくりと、一粒一粒噛み締めるようにして食うべよ。たっぷり時間をかけてよ。
これが第二段階。

そこへ母ちゃんが更に追い討ちをかけるんだ。
「仲右エ門さん、今年は不作で例年の半分しか採れなかったんだと。だけんど、お前が県高校駅伝目指して毎朝走ってる姿見てるとよ、元気のいい米食べさせたくなったんだと、ちこょっとだけだけんどなってよ」。
そんなこと言われたらよ、今度は逆に食べれなくなっぺ。
だってよ、朝走ってるとよ、仲右エ門さん、もう田んぼにいるんだ。雑草取ったりしてんだよ。がんばれよって声もかけてくれる。
機械に頼らないで全部、手作業で田んぼやってるんだ。難儀な仕事だ。
今年は不作だったのか…。
一気に手も口も止まるべは。
目の前のご飯を見ているだけでよ、なんだかハラも胸もいっぱいになってくるのよ。
まだ半分も残っているのに、もう十分満腹になるんだ。
終いにはお椀も箸も置いてしまってよ。
ぼんやりお米を見ているしかない。
これが究極のすべりだべ。

そしてよ、ちょっと経ってから、思い出したように手を合わせて、「有難うございます」って言ってご飯を食べるんだよ。
ごく普通に当たり前に。

このときの体の動かし方が究極の動法なんでないんだべかね。
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