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2009
02.17

地動説?

Category: 未分類
二十五 共に踊っている感覚をつかむ  

前回、真ん中は動かないって話したけども、その延長線で天動説、地動説をちょこっと考えてみっぺ。

まず今いるところから。
この場所。ここは回っているか?
回ってる感じはしねぇ。動いていない。
だからここは真ん中。
太陽も星も、ここの周りを回る。
となると、天動説は正しい、ということになるなぁ。

それに比べて地動説は、実感がないんだよなぁ。地球は回っているっていっても、当の人間が感じないんだから、説得力ないよなぁ。
太陽が出てくるときに「東の方にこの地面が埋まっていく」なんて、どう転がっても思えないしなぁ。


しかしよ、これは地球と太陽との話だ。規模がでっかすぎる。
もう少し小っちゃく、身の周りぐらいに範囲を狭めれば、結構、地動説も当てはまるんじゃないんだべか。

例えば、自分の家あるべ。帰る家。人はここを中心に生活している。朝、家を出て仕事場に行ったりするけど、結局家に戻る。寄り道したりするけれども、また家に戻る。
俺らの行動範囲はなんだかんだ言っても、家中心だした。
人は家の周りを回っている。
例えば、人間関係でもあるべ。できれば人に自分の周りを回って欲しいけど、気が付いたら、お客の周りを、師の周りを、女房の周りを、主義主張の周りを、金科玉条の周りを、常識の周りを、自分が回っている。
現実はこうだ。
真ん中が他にある。

人って動かない安心感を外に求めてしまうのかもね。
それって、なんかさびしいな。

遊園地のコーヒーカップ。ハンドルを回すと、こっちが回る。真ん中はハンドル。だから俺らはその周りをぐるぐる回る。
その場でぐるぐる回ると、最初は楽しいかもしれない。けどもすぐ飽きる。
さびしくなる。


でもな、いったん会場もろとも回り始めると全然違う世界になるんだよな。自分も回る、隣も回る、場も回る。全部回る。するととっても楽しくなる。
盆踊りもみんなで踊る。その中に参加する。なんか楽しい。
自分も動く、みんなも動く、場も動く。
みんな動いてどこにも真ん中がない。
そんときは、何か、こう、生きている歓びを体験している。

これって何説?
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コメント
んんんん。

俺が今、こうしてパソコンの前に座って、手をカシャカシャさせているときも、世に生きている人たちは、何かしらして、何かしら動いているんだべなぁ。

ある人は朝稽古しったかもしんね。くわえ煙草で思索でもしったかもしんね。赤ちゃんと添い寝してたり、朝ごはんの準備しった人もいるかもしんね。
豪雨の後始末に追われている人もいるべし、目を海外に転じれば、戦火の真っ只中で身をこわばらせている人もいるべね。

みんな何かしらして、何かしら動いている。今現在、誰一人止まらずに動いった。
そういう視点に立ったとき、ある距離感、ある立体感、ある不思議感がスーッと現われてくんなだ。
これって何なんだべね。

んんんん。

会津育ちのすごい人が居られる。http://takochu.com/watabe/list.htm
まだお目にかかったことはないげんど、実際の作品をみると「おおぉ」という声が漏れ、直に触れると「・・・」言葉が消えるなだ。


仲右エ門dot 2009.08.12 07:30 | 編集
考えて見れば、どっちが動いているにせよ、止まっていない事自体が不思議といえば不思議だ。
会津で生まれたdot 2009.08.11 08:54 | 編集
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