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2009
08.15

今日は一年前のいつ?

Category: 未分類
百六 外に基準があるときは、遊びに着目する  

何かの記念日だったり誕生日だったりするときにいつも思うなだ。
今日は本当にその日なんだべか。

新暦でいえば、今日は8月15日で終戦記念日だ。
けれどもよ、旧暦だと、6月25日だ。
去年の8月15日は旧暦で7月15日だ。
旧暦ならば、まだ一年経ってないした。
更にいえばよ、終戦の昭和20年8月15日はよ、旧暦で7月8日だ。
もし未だに旧暦だったら、今日は終戦記念日でなかった。お盆でもなかった。


新暦は太陽を基準にしった。
旧暦は太陰太陽暦で、月と太陽の関係性で成り立たせった。
どっちが高度かといえば、やっぱり旧暦だべや。

けんど、どっちが正しいかって聞かれたら、分からねな。
どっちも基準は自分にはなくて外にあるからな。

基準が外にあるってことはよ、そんなに実感があるわけではなえってことだべした。
実感が薄いんならばよ、暦にはよ、遊び感覚があったほうがええなぁ。

日本のカレンダーにはよ、24節気だの干支だのいろんなのがごちゃごちゃ書いてあって、面白いほうだとは思うけんど、もっともっと複雑でいい。
例えば昼と夜を別々の暦にするとかよ。
昼に生まれた人は、太陽との関係が濃いから太陽暦で、夜に生まれた人はお月様の太陰暦で、朝夕生まれの人は太陰太陽暦で誕生日を決める、とか。
とにかく暦に対するいろんな視点が書いてあって、好きなのを選べるようなカレンダーがええ。


月日は自分の身体にある。
この追求はちゃんとやっていかねと駄目だべな。
それでも基準が外にあるときは、遊び幅を大きく大きく考えていくべは。

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コメント
てんろくさんには、いろいろ考えさせられるなは。

こっちの東北ではよ、8月7日の「立秋」過ぎてしばらくは「やっと本格的な夏だな」って皆言っていた。俺も同感だった。熱帯夜も始まって、さすがに秋はどこにもなかったよ。 「立秋」過ぎれば残暑で、暑さも名残りとみなすべしって決め事あるけんど、夏ど真ん中だった。
けんど4、5日前から、秋だはぁ、と思うようになった。風がつめたいし、湿気もなくてからっとしてきた。透明感もある。これでもう秋だ、と思ったのよ。昼になって、猛暑の中に蝉の声がしても、やっぱり秋の風が吹いてる。
この風をなんで秋の風だと思うかっていうとよ、それは小さいとき、親父がぼそっとつぶやいた言葉が影響してるなだ。盆過ぎのある日「もう秋だな、風つめたい」って親父がよ。そんときの雰囲気とか空気感がいまだ脳裏をかすめるなだ。
何言ってんねん、ていう感じだったよ。だってまだ夏休み一週間も残っていたからよ。夏って思うから休みが樂しいんだべした。風が冷たいから秋、なんてまったく勝手に言ってくれるなよって感じだった。

あんときによ、親父が「これは夏の果て、そんとき吹く風だ」なんてつぶやいてたら、状況は違ってたべな。俺は今も夏だと思ってるべな。
てんろくさん風に言えばよ、夏の深まり、夏の更け。夏の奥まで潜っていって、浮き上がってきたらもう秋で、二学期が始まっていた、なんて世界だったかもなぇ。

俺の好きな考え方はよ、夏と思えば夏、秋と思えば秋。各人おまかせ、ご自由に、なだ。
だいたい立秋から処暑にかけてはよ、どっちともとれる狭間でよ、季節が交錯してるって感じだした。一日の中に二つの季節が出現しても不思議ではないべぇ。白黒つける必要はなえ。夏秋混沌でええ。

だけど、俺はもう、自由にならないんだは。あの一言でよ。秋だと感じた親父の体験を共有してしまったんだは。
仲右エ門dot 2009.08.18 01:42 | 編集
まいどです
てんろくです

更ける 時間的深み
夜が更ける 今日の終わりの到達の処であり新たに始まる処でもあるような感じがします。
ていねいに答えていただきありがとうございます。

旧暦は僕もつい3日程前 昼の感じが変わったのでながめてました。
うるう6月も終わりにさしかかり 秋ですね。
たしか旧盆は新暦で10月
稲の収穫もかわんのかなぁ
品種改良により 新暦に対応するようになってんのかな
我々もすでにそうなって季節感なんて失ってしまったかも
てんろくdot 2009.08.16 10:18 | 編集
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