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2009
08.13

「間」 未知なる世界

Category: 未分類
百五 本腰を入れる

人がよ、何か、あるものと出くわしたときによ、少なからず「衝撃」ってものをおぼえるべ。
それがよ、予期せぬものだったり想像以上のものだったり、更にはよ、普段の自分なら適当に誤魔化したり逃げたりしているのに、それをまざまざと見せつけるような、自分に直面させる出来事だったりしたらばよ、それは一つの「事件」だべ。

「事件」というのはよ、「初めて」っていう感覚が必ず存在するべ。
だからよ、対処しようのない出来事ってことだ。
そのうえ大切に隠している自分の奥底に触れてくる。
人を放心させるにはそれだけで十分だした。

そのとき人は何してるんだべか。

止まっているべぇ。


そしてしばらくして、再び動き始める。

止まってから、普段の日常的感覚が動き始めるまでを、「間」というんだべ。

「間」を埋めるためによ、人は普通、既知の、自分に都合のいい解釈をもちいるなよ。
理屈をこねて「事件」を安易に解決してしまうなよ。
「事件」を体験としてでなく「知識」として置き換えてしまうなだ。
その結果どうなるごと。
今までと変わらない世界が今まで通りに連続するってことになるべな。

ところがよ、この「間」が出現したときによ、自らのからだをもって未知の世界に挑戦しようとしたらばよ、頭が動く前にからだが動こうとしているってのを実感できるなだ。
からだが先行すれば、文字通り「体験」できる。
「体験」すれば、新しい自分が生まれるべ。


「本腰を入れる」っていうのはよ、未知の世界へ一歩踏み出すときの、からだが何ものかに挑戦しているときの真剣な感覚でよ、チャンスは止まって動き始めるまでの「間」にしかないってところがミソなんだべぇ。
この「間」から幸運の切符を獲得するにはよ、体力があるってことが必至でよ、それはまさに稽古でやってる「からだづくり」ってことだべな。
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コメント
てんろくさんへ

俺もおんなじこと考えったったは。
「時間」をテーマにした稽古書こうかなってよ。

夜更けってよ、夜が深まることなんだど。
「深み 」が空間的なのに対して「更け」は時間的深みのことなんだど。
今でも「更けたなあ」って言うした。年とったねえっていう意味でよ。本来は時間的に深みが出てきたってことなだど。
日本語って、ふけえなあ。

「何かからだに刻みこまれたものを感じて時をとらえていた」っていうのは、美文ですなえ。

人間にしても時間にしても、「間」、だしたねぇ。
これは稽古せねば。
仲右エ門dot 2009.08.15 09:11 | 編集
まいど まいどです
てんろくです

先ほどのコメントで夜更けのひとときって書きましたが
うん...?
夕暮れ時は夜更けじゃないっすね
訂正です

そもそも 夜更けっていつなんやろか

日本語では時刻っていうし

刻みこまれたもの...

うーん わかりまへん

時計がなかった時代に何かからだに刻みこまれたものを感じて時をとらえていたのかも
てんろくdot 2009.08.15 06:25 | 編集
毎度です
てんろくです

「間」
はざまの世界
今日 帰宅途中夕暮れどき空をながめてると昼と夜のはざまの世界なんかなぁとぼんやり思い浮かべてました。

西の方角なのか、あかね色なのか、夜に変わろうとしてる時間帯、映画の撮影でいうマジックアワー、何に感応してるのかわかりませんがなんともいえない空気がぼくを包みこんできました。
夜明けもそうやけど夜更けのひととき、自分に集注しやすかったです
ぼくのはざまの世界はこんな感じです
それでは
てんろくdot 2009.08.14 22:07 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2009.08.14 01:30 | 編集
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