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2011
11.17

未来は過去を求めている

Category: 未分類
二一九 同時感覚

「今の私たちは古の奥ゆかしさを忘れてしまっている。昔の人たちが何を感じ何を考えていたのか、もう薄ぼんやりとしかわからない。とてもさびしいことだ」
かの源氏物語の著者、紫式部がそんなふうに嘆いていたそうだ。
「昔はよかった」と思われていた時代の人々も「昔はよかった」と思っていた。不思議な気分である。


原発事故が起こり、日本人は放射能と共に生きなければならなくなった。
野菜は塩水に一日漬けおいてから調理する。チェルノブイリ原発事故からベラルーシの人々が行っている経験的な智恵だそうだ。水は二回ほど替える。これだけで野菜の放射性物質が半減するらしい。
日本でいうところの浅漬だと思った。
だったら「漬物」は半減どころではないだろう。

漬物は古よりこんにちまで続いている日本の伝統食である。体にいいとか何かのためとかの理由はあまり聞かない。ただ何となく「おいしい」から作り継がれてきた。
もとは生きていくために不可欠な保存食だったかもしれないが、東日本震災後、それだけではないな、と思うようになった。

漬物は、自分らの世代だけでなく未来の人たちをも想定に入れて生み出され、食され続けていたのではないのか。
放射能と生き永らえねばならない未来の日本人のことを、古の人たちは予知していたのではないのか。

もしかしたら、古人を回顧しつつ未来の人と共に食をしているという、現在過去未来が同時進行している感覚が、漬物を「おいしい」と感じさせる大元なのではないか。

食だけでなく建物も着物もおなじではないのか。

紫式部も古のことを鑑みながら未来人とともに楽しめる物語を紡いでいたのではないのか。



福武書店「古語辞典」のはじめに載っていた言葉がよかった。
「古典は常に新しい」

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