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2010
11.26

尻ぢから

Category: 未分類
一九二 隠されているものを見つける

「うしろ」という言葉は大抵の場合いい意味では使われない。
後ろ髪をひかれる、後ろ指を指される、後ろ向きで唾を吐く
後ろを見せるって言ったら、相手に背中を見せて逃げるっていう意味だし
後ろを暗くするって言えば、知られてはいけない秘密を持つことで、後ろめたくなる。

後ろの語源となっている「尻」も同じ。
尻は軽いのは軽蔑されるが重くてもいらいらさせる。尻が長かったら疎ましがられる。
尻は下がっても萎んでも切れても割れても駄目。
人を尻目にするのも、なにか冷たい。

「うしろ」と「尻」はどうしようもなく駄目な言葉なのよ。
なぜこうも毛嫌いされるのか。
なぜこんなに虐待を受けるのか。



しかし
時代は移りゆくのですよ。

外国の女子、西欧諸国からアジアまで、その女子たちがよく日本に来るようになった理由のひとつにコスプレ、オタクの聖地、アキバに行くためっていうのがある。
けれども他にもうひとつ、今、外国人女子が過激に追い求めているものが日本にあるのだ。
それは、
なにか。
祭りのときの日本男児のふんどし姿なだ。
ふんどしで締め切ったプリンとしたお尻に、たまらなくシビレるらしいなだ。
きゃあきゃあ叫びながら写真を撮っている。
国を問わず人気があるのだ。

むかし尻は「しろ」だった。
「しろ」は白。
白色は、他から浮かび上がる目立つ色と思われったった。
印(しるし)は「しろし」からきている。

尻は白くてセクシー。体のどこよりも目がいく。
猿は赤いが人間は白い。
元気のいい奴なら誰でも尻を追いかける。

祭りだけじゃない。
盆踊りだって、異性が一番見ているのは尻なのだよ。
手の振りを派手にしているのは、カモフラージュだったのだよ。

田植えだって昔はお祭りだった。
笛太鼓で騒ぎまくった。
なぜって、それは田植の動作が尻が踊るようだったからよ。
おおやけに尻を鑑賞できるハレの機会だったのよ。

戦後以来、アメリカの管理の下で尻の文化は封印されてしまった。
性とあからさまに繋がっている尻は下品なのか。
排泄する場所が汚いからか。


しかし現代の日本人は気付かされてしまったたのだよ。
外国女子が日本文化を思い出させてくれたのだよ。
後ろの文化、尻の文化を。
この場所が、本来なら顔よりも美しく化粧しなければならないということを。

これからの日本は、きっと、尻上がりで楽しい尻文化を追い求めるべ。

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2010
11.19

後ろ向きで行こう

Category: 未分類
一九一 取り替えてみる

肺が左右に二つあることは知ってるべ。
でも、肺が前後に分かれてるってことはあんまり知られていない。
知られていないだけでなく、使われてもいない。

例えば、深呼吸をしてみる。
胸を張って大きく吸い込む。
そうすっと、息がたくさん入った気になる。
けんど実際は、前の肺が広がるだけで、後ろの肺はちっちゃくしぼんでいる。
後ろの肺はないがしろだ。
前面だけを酷使して、十分やったつもりになる。
これは西洋人の得意とするところ。
後向き好きな日本人にはあるまじき傾向だっし。

例えば煙草を文化にまでたかめた江戸時代。
キセルは茶席の装飾品だし、お香の役目にもなっていた。
けんど、なんといっても吸っているその人そのものの風情が「絵」だった。
煙草人の姿勢を見てみっと、胸なんか張っていない。
実に素敵に背中を丸くしている。
これが後ろ肺を活用している文化なよっし。
タバコ代を高くして日本文化を壊す前に、後ろ肺の使い方を伝授すべしだ。
しみじみとした息の吸い吐きは後ろ肺が担当しったからよ。

肺だけでなく、現代人には「後ろのからだ」が不足してるべよ。
それを補うための提案をちょとさせてもらうべ。

その一
後ろ向きラジオ体操

ラジオ体操って体の前しか動かさない。
意識するのは見えるところだけ。
これを逆さまにする。
前に立つ人は後ろ向きになる。
みんなも後ろ向きなる。
背中を向け合って体操する。
向きを変えただけだけんど、違うぞ。
やってみれ。
人に合わせなくなる。
間違いだろうが気にならない。
違って当然の世界。
しづかな世界に入れる。


提案その二
服を後ろ前に着る

あまりにも後ろに注意がいかない人は、これをする。
前と後ろを入れ替えるだけなだけど、前後の違いがからだでわかる。
ボタンやチャックがあったらきっちりハメる。
つばの付いた帽子も逆さにする。
着物ならお太鼓は腹だ。
パジャマならこれで眠ってみれ。



「ふうりん」さんのブログ
ほうら、後ろ向きってこうも神聖なんだべよ。
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2010
11.12

うしろの世界

Category: 未分類
一九〇 前後 

前(まえ)という言葉は「目(ま)の方へ」というのが語源らしくて、昔は「まへ」と書いたんだと。

後(うしろ)という言葉は、もとは「尻(しり)へ」、つまり「尻の方へ」たんだと。それがいつからか「身(む)尻(しろ)」になり、今の「うしろ」になったなだと。

前は目の方。
前は見えるってことだなし。
ひっくり返せば。
見えてるところは全部前ってことだし。

一方の後ろは見えないってことになるなっし。
目の向いてない方だから視野にない。

じゃあどうやって人は後ろをとらえるかってことになるなっし。


目が頼りにならないんだから、この際、目を閉じて後ろを感じてみっぺ。
じっと注意を向けでっと、いろんなもの、感じっつお。

誰かの足音、そよ風、煙の匂い、友の笑、後悔、日記に書いた文字の記憶、懐かしい揺り篭、優しい眼差し、ママゴトの草むら、守護霊・・・


何でもいいからリアルに感じたら、素早く振り向いてみてけろっし。
一瞬だけでも見られるかもしれないってやってしまうと、そこは「前」になってしまうべは。
さっき感じたものも消えている。

けっして見ることができない。それが後ろの世界だっし。






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