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2010
01.19

ナンバスキー考

Category: 未分類
一五一 敢えて揺らぎ行く

こっちの小学校はスキー授業があるなだ。
指導は保護者が担当するなだ。
その保護者のための講習会っていうのがこの間、あったのよ。

しょっぱな、インストラクターの人は苦言したなだ。
「今のスキーは昔とは全然違うから、気をつけてけろな」
保護者の人は訳わかんねって顔しったった。
「昔は腰をひねってターンしったった。上半身と下半身を別々にしてよ。
今は腰をひねらないでターンするっていうのが基本になってだ。つまりよ、同側の手足を同じ様に使うなだ」
みんなきょとんとしている。
意味がわかんね。
デモンストレーション見て、もっときょとんとしている。
当たり前だあなあ。
小さい頃習ったことは忘れろ、新しいやり方を覚えろ、なんていきなり言われてもよ。
俺はまだ動法知ってっから「へえぇ、世間はここまで来てるのか」って感心していたけんどよ。
他の保護者はみんな初めて教えられるわけだべ。
そりゃあ、困惑するわな。
ひと通り理屈を教えられて、なるほどそういうことなのかと理解しても、今度は体がいうことをきかない。昔、習ったことをたえず繰り返してしまう。

一度身に付けたものを手放すっていうのは本当に難しいことなだな。

ある保護者が言った。
「時代だな」




不易流行
師の風雅に万代不易有り。一時の変化有り。この二つに究まり、その本一つ也。その一つといふは風雅の誠也。不易を知らざれば実(まこと)にしれるにあらず。不易といふは、新古によらず、変化流行にもかかはらず、誠によく立ちたるすがた也。代々の歌人の歌をみるに、代々その変化あり。また、新古にもわたらず、今見る所むかし見しに変らず、哀なる歌多し。是まづ不易と心得べし。又、千変万化する物は自然の理也。変化にうつらざれば、風あらたまず。是に押しうつらずと云ふは、一旦の流行に口質時を得たるばかりにて、その誠を責めざるゆゑ也。せめず心をこらさざる者、誠の変化を知るといふ事なし。ただ人にあやかりて行くのみ也。せむるものはその地に足をすゑがたく、一歩自然に進む理也。行く末いく千変万化するとも、誠の変化はみな師の俳諧也。かりにも古人の涎(よだれ)をなむる事なかれ。四時(しいし。春夏秋冬)の押しうつるごとく、物あらたまる。皆かくのごとしともいへり。師末期の枕に、門人この後の風雅を問ふ。師のいはく「此みちの、我に出でて百変百化す。しかれども、その境、真、草、行の三つをはなれず。その三つが中にいまだ一二をも尽くさず」と也。生前、をりをりの戯れに、「俳諧いまだ俵口を解かず」ともいひ出でられし事度々也。









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2010
01.11

足袋の穴

Category: 未分類
一五〇 中に下に

簡単に腰の入る車の運転法・・・親指の根元の真ん中でアクセルを踏む。ブレーキを踏む。


動法が上手いか下手かは草臥れた足袋を見ると分かるんだけっし。

下手な人は周りのヘリが破けている。上が破けている。
力が散っている、上ずっている証拠なだ。

上手な人は親指の付け根と踵の腹の真下から破ける。足袋の一番分厚い底の処。
力が中に下に集まっている証拠なだ。


そんで自分の足袋を見てみると・・・散々だべ。


けんど嘆くなかれだべ。
足袋を上手に履ける人は世界広しといえども数人にも満たないなだから。
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2010
01.10

ブルーチーズ・大人の階段

Category: 未分類
一四九 腹で食ふ

正月に小学6年の息子と「人気シェフのイタリアン・ジェラード」って看板ある店に入ったなだ。
仙台のよ。
息子はバニラとチーズのダブルを頼んだな。
白くて丸いお皿に2コの丸いジェラードがお洒落に盛られてたのよ。
どんな顔して食うんだべと息子の顔をながめてたんだ。

息子はいきなり眉間にしわ寄せて水をがぶがぶ飲み始めたな。
そして「ダメだー」と舌を出した。
異常事態だ。
「何したなや?」って聞いたら「うえー!」って首を振る。
だからチョコッともらって食ってみたなよ。
そうしたら俺にも「うっ!」と異常事態が発生してしまった。

チーズはチーズでもブルーチーズだったなよ。
改めてメニューを見てみたら、「ゴルゴンゾーラ」て書いてあった。
こりゃあダメだ。俺の苦手なやつなだ。
上手く加工していて匂いが出ないようにしてあったな。

「これ、食ってけろは」
すでに息子がバニラとゴルゴンゾーラを綺麗に分けてる。
そしてつぶらな瞳でこっちを見る。
俺は腹をくくった。
しょうがないこれも何かの縁だ。
「これゃあ、お前には分からない大人の味ってやつだ」
半分は自分に言い聞かせて食ったよ。

このゴルゴンゾーラは美味で有名らしいなだ。美味いって感じている人が沢山いるってことは、そう感じるコツってのがどっかにあるはずなだ。俺はそのコツを知らないだけなだ。だからそのコツをつかめばいいなだ。

初めにスプーンですくって舌の上に置く。ここまではいい。ちょっとおいしい、とも思う。そこから0,5秒後に「う!」っという不快感がやって来る。
けんど何度か口に運んでいるうちに、手がかりを見つけたなだ。
「う!まずい!」という感覚は口から上だけ、特に鼻の周りにだけ発生しているなだ。逆に喉から下、特に腹の辺りは食った後、スーッと落ち着いていく感じがする。
それと、ゴルゴンゾーラの強烈な味は舌の先でだけ感じる。舌の奥にアイスを置けば味がしない。
舌の奥にアイスを置いて腹に意識を落としていく。決して口から上に集注しない。

結構いいよ。美味しいじゃないですか。
俺はこれで「ゴルゴンゾーラ」を克服しました。
大人への階段は上るのではなく、奥に下って行かねばならないのです。
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2010
01.06

二種類の人間

Category: 未分類
一四八 何かに向かう

村上春樹さんは言ったなだ。
「世の中には二種類の人間がいる。『カラマーゾフの兄弟』を読破したことのある人と、読破したことのない人だ」


いやぁ、なんとも魅力ある言い回しをする人だなっし。


読破していないこっちの人と読破したあっちの人。

こっちかあっちか。
こっちもあっちも。

なんか不思議な気分になるなっし。


村上さんは「『カラマーゾフの兄弟』を読破するということは人間を二分するほどの価値がある」なんて大げさなこと言っているわけではねえ。

例えば、一年毎日散歩に出かけたことのある人とない人。
例えば、俳句を千句作りあげたことのある人とまだの人。
例えば、飛び込みの営業で契約をとったことのある人とない人。

まあ、やったことは偉いけんど、だからといってやってない人が劣っているわけではねぇべ。
それをしたことがある、ただそれだけだべ。

けんど、何かある。どうでもいいんだけんど、どうでもよくない何か。

村上さんの言い回しは、その何かを俺の心に喚起させてしまうんだなあ。



ということで、今年の俺の目標は「カラマーゾフの兄弟」を読破したことのない人と読破したことのある人、この二種類の人間を体験するってことなのでした。
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