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2009
05.27

反逆的身体と戦術

Category: 未分類
七二 逆をつかう 

人ってよ、正直に言おうとするとつい嘘をついてしまうべ。
逆に嘘をつこうと思うと本当のことを言ってしまう。
また、緊張しないようにしようとするとかえって足がガクガクするし、集注しなければと思えば思うほど気が散漫になる。

からだって思うとおりに動いてくれない。むしろ意志に反発してくる。
反逆児だな。
おっ母にあれしろこれしろ言われる子どもが反旗ひるがえすのに似った。


でもよ、そうとわかればこっちにも対処の仕様が出てくるべ。からだという反逆児を相手にする方法よ。

例えば、正直に言いたいときは積極的に嘘を思い浮かべるフィクション的正直者戦術。
嘘をつきたいときは徹底的に完璧な正直を求めてみるエッセイ的嘘つき戦術。
緊張してきたらもっと緊張しようとする毒には猛毒戦術。
緩んできたらもっと緩ませようとする大好物無理やり食べさせ戦術。

他にもいろんなのがあるべ。
明るくなりたかったらどんどん暗くなる「闇夜の月」戦術とか一点の長所を引き立たせる「泥沼に咲く蓮」戦術とか。

坐法でいえば、立とうとするとき逆に沈もうとする。と、それに反発した浮き上がる動きがスーッと出てくる。この動きに乗って立つ。わりと自然な感じで奇麗に立てる。
すり足で前に進もうとするときもいったん後ろに下がろうとする。と、前にスーッと行きたくなる。それに乗る。


こげな風に逆をつかった戦術を編み出しながら、どーれ、自分を躾しなおすべかね。


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2009
05.24

お遊びです

Category: 未分類
七一 からだで遊ぶ

今日は新月、五月一日。新しいことをするにはもってこいの日だべ。

ちょっとしたお遊び、してみっか。
普段しないようなこと。

何する?

身体に関することで。


仰向けになる。
眠くないのに目をつぶる。
ウトウトする。
夢か現か幻かの世界に入る。白昼夢っぽいもの。

その中で自分が何かしら動作している。
例えば、手を振り下ろしている。卓球をしている。ボールを蹴っている。階段から足を踏み外している。

運がよければ、寝ている体がそれと同じ動作をしでかす。
何の前触れもなく、いきなり衝動的に動く。
局部だけが動く。
例えば、思いもよらないスピードでズドーン!と手を振り下ろしたりする。
びっくりして目が覚める。
実感だけが異常に残っている。
ああ、手を振り下ろすっていうのは、こういう体験だったんだ、とまじまじ思う。


この遊び、暇だったらしてみてけろ。
しないか。あんぐり
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2009
05.23

きれいな手

Category: 未分類
七〇 からだをちゃんと使う 

この間、鍬もって田んぼ仕事してたら手にまめができてよ、それを近くの百姓にしゃべったんだ。
50半ばの女性だけんど、機械に頼らず手作業で畑仕事している人なだ。
まめのできた手を見せたら笑ってた。
彼女は「鍬は自分の分身」って公言はばからない人で、今日も一日中畑返ししてたって両手を目の前に出してくれた。
俺はびっくりしてしまった。とってもきれいな手だったからよ。そのへんのお嬢様の手だ。
「まめ、できないなか?」って思わず聞いたんだ。そしたら笑ってた。
できないよって。

ちゃんとからだを使うってこういうことなんだな。からだはきれいになるんだな。

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2009
05.21

動法縁起

Category: 未分類
六九 関係をつくる動き 


縁起ものって知ってっか。新しい縁を起こしてくれるものだ。
日本にはいろんな縁起ものがあるんだ。だるま、箒、金魚、蚊帳、招き猫、風鈴、盛り塩、背守り、手ぬぐい、扇子、家紋、花火、菊などなど。揚げたらきりがない。そこらじゅうに転がってる。
俺は、動法も縁起ものだと思っている。思うのは自由だべ。
自分の動作ひとつが縁を切ったり繋げたりしているんだって思うと、何か気持ちが違うんだ。


ところで、息子の小学校でこんな親子行事をすることになったんだ。



                     6年生 親子行事

言葉以前の想いや、勘、運、縁、偶然性など日本人が大切にしてきた文化の原点を親子で体験します。

1 勾玉作り 係り2名  9時15分から11時前後

勾玉は曲玉とも呼ばれ、玉から尾が出たような形をしています。太古日本では丸く膨らんだ一端に穴をあけ紐を通して首に飾りました。太陽と月の合体した形、胎児をあらわした形などの説があり、魔を避け幸運を授かる縁起物とされています。現在ではパワーストーンとして注目を集めています。

係りが事前に勾玉作りを体験し、教材を用いて指導。教材費 1人200円。


2 石文(いしふみ)体験 係り2名 11時から12時

映画「おくりびと」の中で石文(いしふみ)のシーンが出てきます。人がまだ言葉を持たなかったころ、自分の想いを相手に伝えるために、石を渡したのだそうです。もらった人は、その石から相手の感情を読み取り、石を交換しあうのだそうです。

教材 川原の小石を事前に用意。


3 おにぎり交換 係り2名  12時から13時

小さいおにぎりを各家で4コ作ってきます。それをまとめて一箇所に置きます。くじで当たった人から2コづつおにぎりを選びます。食べます。



親子というめぐり合わせ。ちょっと面白そうだべぇ。



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2009
05.20

縁に留められし者

Category: 未分類
六八 とにかく続ける 

同じことを十年続けるってのは大変なことだな。

最初は興味あっても、徐々に飽きてくるしよ。
続けられない理由が次から次へ出てくるし。
しかもその理由がまっとうに思えてくるし。

誰でも、もうやめようって思う。
自分には向いてないし、暇はないしお金はかかるし。
もっと楽しいことがある。もっと正しいことがある。もっと広い世界があるってよ。

けれども、やめようと思った瞬間、今まで気づかなかったしがらみやめぐり合わせが自分を押し留めようとしてくるんだな。

縁、だな。
縁が強ければやめられない。弱ければさようならだ。

日本の習い事のほとんどがそうだべ。茶道にしても習字にしても舞踊にしても謡にしても、十年は続けてみないと何にもわからない。けれども個人の力だけじゃ続けられない。縁に身を任せる時期が必ず来るんだよ。

動法もおんなじだ。
縁に押し留められた者だけが次のステップに行けるって感じだべ?



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2009
05.19

からだの中の動き

Category: 未分類
六七 自分の体の中の動きを見て、そして乗る  

動法ってよ、自分の体を思うように動かす技法じゃないんだな。
真逆なのよ。
体の中にある動きに純粋に乗っていく技なんだ。
だから自分の意思はいらないんだよ。
だから手順が重要になるし、型も大切になってくるんだ。

体の中にはいろんな動きがあるべ。
呼吸や脈も動きのひとつだ。それはわかりやすい。
それ以外の訳わからない動きは山ほどある。
ウネったりスーッと抜けたり、無重力に浮きあがったり音楽みたいのまで限り無しだ。

だけども初めは、自分の体の中にある動きを見るってことだけでも難しいべな。
見ることができるようになっても、今度はどうやって動きに乗ったらいいか分からない。

四苦八苦しながらちょっとづつ進むしかないんだ。

どれくらいで出来るようになるって。
十年くらいみとけばいいんでないかい。

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2009
05.15

狩りに行く

Category: 未分類
六六 美しさを身体にとり込む

ただの散歩が一番だけんど、花見や月見みたいに、そこいら辺に転がっている美しさを眺めに行くっていうのもいいなっし。
さらにもうちょっと積極的に、蛍狩りや紅葉狩りみたいに、美しさを手に入れに行くっていうのもいいべなぁ。
楽しみを見出すための狩りだな。
奇麗だなあと思ったものを狩って、身体にとり込む。
見ているだけだから、お金もかからない。さくらんぼ泥棒だ!とか怒られることもない。
目的が実利じゃないからいいんだべ。
身体と土地との交流だ。

今日はどんなものを狩ることができるか、なんて考えると散歩も楽しくなるべ。


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2009
05.14

今の浮世

Category: 未分類
六五 なんの目的もなく散歩してみる 

歌麿症候群、第三弾。

俺の住んでる所ではウォーキングのことを「歩け歩け」って言ってんだ。いつの頃からかおばさん達の間で広まったなだ。今では爺さん婆さん、おじさん達も町中を「歩け歩け」してる。
目的はメタボ対策。健康作りだな。
手を大きく振って、脚を伸ばして、ウオイッチニ、ウオイッチニって。
流行りなだ。


だけどよ・・・
絵になる風景じゃないんだなあ。
浮世のよさがない。

つまりよ、浮世絵のいいところはよ、人の暮らしそのものに美しさがあるっていうところだした。
その土地々々でしか味わえない香り、空気のキメ。頬に当たる風や日差し。遠くのせせらぎ、虫や鳥の声。代々受け継がれている風習、日々の楽しみ、人々のつき合い。方言や食などなど。
それら全部が、人のしぐさに内包されてる。
歌麿のおなごにはそれがあるから、魅力的なだ。


絵になる風景。
「歩け歩け」の風景。
どうマッチングしたらいいんだべね。


とりあえず、自分も外に出かけてみっか。
ふらりとよ。
なんの目的もなく。
なんも持たずに。
今の浮世と自分の暮らしを交差させながら。


しっかし、ただ散歩するって、いまの田舎じゃ、勇気いっつぉ。

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2009
05.12

着物の自由

Category: 未分類
六四 腕と尻を振らずに歩く  

歌麿症候群だは。
道行くおなごさ、ついつい歌麿の絵を重ねてしまってるなよぉ。

おなご達は、腕を振り子のように前後に振って、それにつられるように尻を左右に揺らして歩ぐ。
それに対して歌麿の描くおなご達は手も尻も振らず、腰と脚だけでそそと進んでる。絵なのにそう動いて見えるした。

着物を着っと、帯で胴体を固く締めつけられっから動きにくくなる。
手と尻を動力にしている現代人には、やっかいだ。

けれどもよ、手と尻を止めて、腰と脚だけを動かそうとすると、結構いけるんだ。
着物の自由はここにあるんだべね。


本日の稽古
両手をぽっけに入れて歩く。
湯の入った椀を持って歩く。
腰骨に手を押し当てて歩く。
尻を止めたまま大股で歩く。

とにかく腕と尻を振らずに歩く方法、いろいろ考えてけろっし。
自由を勝ち取るためによ。

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2009
05.09

秘め技

Category: 未分類
六三 大切に隠す  

いまだに歌麿の絵がちらついてしょうがねぇなよ。

絵の中のおなごは貧弱な体型で寸胴、そのうえ短足だった。現代人にしれみれば、女体としての魅力は乏しいのにねぇ。
なのに色気を感じるってえのは、なんだべ。
生物的な性欲ではないな。
昇華された色欲、だな。

昔のおなごは男といっしょに風呂には入るし、人前でべろんと乳出して赤子に飲ませるし、さらには道端でおしっこもした。
俺がちっちゃいときは、ここいら辺では当たり前の風景だった。

だから男がおなごの裸を見る機会は多かったはずだ。
だけんど男は発情しなかった。
したとしても、それをあからさまにはしなかった。
男には男の、発情の礼儀作法ってのがあって、秘されなければ性を感じねぇってきめてたんだべねぇ。

着物に隠されることによって滲み出てくる女の魅力。陽に当たってしまうと消えてしまう色気。
男はそれをターゲットにしったったんだべね。

粋だねぇ。文化だねぇ。

おなごの方もいかに秘めるか、その秘め技を磨いて、男をなびかせていた。だから、現代のように生まれもった容姿の良し悪しに翻弄されずにすんでた。


ところで今日は旧暦で四月十五日、満月だ。
全裸の月。まったく隠れたところのない禁忌の月だな。

新月、三日月、上弦の月、十三夜、 小望月(こもちづき)、十六夜(いざよい)、立待ち月、居待ち、寝待ち、更け待ち、下弦の月・・・。
日本人が陰ある月を陰のあるように尊んだ理由、わがるなあ。


本日の稽古
目の前に手を広げてみろ。
掌はあからさまに見えているべ。
影も隠れもしていない。
これをよ、掌に影ができていくように握っていぐんだ。
手にも影があったんだって。
握ったり開いたりしていると、いろんな影ができてくるべぇ。
この影をどんどん濃くなるように掌を握り覆っていくんだよ。
奥の方に入っていくように。
こげな手でいろんなものを隠してみろ。
筆を握ってみたり、包丁を握ってみたり。

指先に色気が滲み出すようによ。



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