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2009
01.26

裏の暦 表の暦

Category: 未分類
十五 裏の正月

今日は旧暦・太陰太陽暦の正月だ。
動法「言の葉」稽古も元旦休みにするべは。

毎日お月様を眺める癖がついてくるとょ、こっちの正月の方が好きになるなぁ。
迎春。初春。
こういうフレーズも今日明日の方が合うしな。
新暦・太陽暦の正月は、ただでさえ寒い東北がもっともっと寒くなる時期だべした。春にはまだほど遠い。
それがだいたい一ヶ月遅れの旧暦だと、もうちょっとで立春だ。春がそこまで来ているって感じで、祝うにはもってこいだ。

それによ、今日は新月だ。月がないべ。ゼロからのスタートだ。新たな一年を迎えるには最適だした。

だけんど、ものは考えようだ。めでたいことは二つあっても悪くはねぇ。新旧二回の正月味わえると思えば得した気分になるした。
「表の体育・裏の体育」っていう甲野善紀氏の画期的な本が二十年ほど前に出たけんど、それにならえば、今日は裏の正月だごで。

お月様の満ち欠けを主にした旧暦は、いわば夜の世界だな。昼世界の太陽暦にはない翳り、湿りがある。
だから、あんまり表に出ねで、暗く密かにお祝いするのが似合っているのかもしんねな。

おめでと様。

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2009
01.25

スケートの先生

Category: 未分類
十四 からだを目的地に定める 

スキーは山から谷へ滑る。高いところから低いところへ滑っていく。当たり前だ。重力の理だかんな。
んだげんどもよ、普段、動法を稽古する所は山じゃねぇ。ほとんどが平たいところ、畳の上とか板の間だ。重力の理が効かね場所だ。しかもスキー板を履いてるわけじゃねぇから、滑る道具もねぇ。
じゃあ、どうすっか、ということだよ。平たいところで自分の足だけで、スキーのように滑るにはどうしたらいいか、だ。

まあ、結論は急がないで、この話から聞いてけろ。二十五年も前のことになる。
俺、スケート習ったことがあんなよ。初心者向けの講習で、先生は六十歳くらいの禿頭の人だった。それに毛糸の帽子をかぶって、元気で声高だった。その先生が言ってた。
「まず。足は左右直角にそろえて、ガニ股にしてください。奇麗なガニ股ですよ。腰は落として前傾します。手は腰の後ろに組んでくださいね。
その姿勢で十メートル前の氷の上を見て下さい。しっかり見てくださいよ。その目線といっしょに臍も同じところに向けます。いいですか、視線と臍ですよ。それができたら、左足を固定して右足を押し出していきます。すーっと。そして足を交互にすーっと。
ここで注意点です。足は左右交互に斜めに押し出しますけれども、、臍と視線は十メートル前の氷上にしっかり固定ですからね。
いいですか、じゃあ、滑ってみましょう。
はい、はーひーふーへーほー。はい、もう一回、はーひーふーへーほー」
はーで右足ひと滑り、ひーで左足ひと滑りっていう感じで進むわけなんだけども、先生がデモンストレーションすると受講生みんな笑ってたな。
でもよ、その先生の言う通りにしてみるとよ、なんでだか滑れるようになるのよ、これが。
そんときは、「はーひーふーへーほー」って言うのは先生の趣味だべ程度にしか考えていなかったけんど、今考えると、これこそ吐きながら動くという動法の理の適ってたんだな。

嘘だと思うんならスケート場に行って確かめてみろ。

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2009
01.24

止まり方

Category: 未分類
十三 垂直水平で止まる

スキー動法もこれで最後だ。
だからスキーで一番大事なことを話すっつぉ。

一番大事なこと、それはなんといっても、止まることだべな。
止まることができるから滑ることが楽しいんだ。
止まれなかったら転ぶしかない。毎回転んでたら、からだがもたない。
転べなかったらあの世行きだ。んだから止まる技術は絶対に身につけなければなんねえんだよ。

止まる方法は三種ある。
一つ目。
Uターンして山のほうに上る。そうすりゃ重力の作用で止まるわな。

二つ目。
スキー板を90度、真横にする。
スキー板は真っ直ぐは滑るけんど真横には滑らない。だからL字にククッと曲がればサッと止まる。これは垂直と水平の合体の原理だ。
これはピタッと止まれる。

三つ目。
スキー板をハの字にして腰をぐっと低くする。
ハの字と言っても鋭角でなく、スキーの先っぽをくっつけて、その角を直角まで開く。
脛、ふくらはぎはスキー板と同じ向きで、大腿だけ外回転でがばっと開く。
そのためには股関節をぎゅーっと閉めなきゃなんねぇ。

この三つが止まる基本だ。
だけんど、実はもっといい止まり方っていうのが、あるんだ。
それはな、終点まで滑りきるっていうことだ。
終点はたいてい平地になっているから、スピードが弱まって勝手に止まる。
だから、ああこれで終わったんだなって身も心も納得するんだ。
なんでも終わったら止まるべ。それが一番自然だべな。

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2009
01.22

訛りとコダマ

Category: 未分類
十二 地場を尊ぶ 

見たか。アメリカ大統領の就任式。俺は生で見たぞ。
凄かったな。
ミスター・オバマを見てるとよ、そのまんまアメリカ、という感じがするもの。アメリカという国の歴史が蘇ってくるしよ。カッコええな。
あれは日本人は真似できね。
真似する必要もねえけど。
日本人もカッコいい日本人を取り戻さねどな。今、そういう時期に来たのかもしんねぇ。
そして東北人も、だ。カッコいい東北人になんねどな。

そんではまた、スキー動法の続きだ。
話半分で聞けよ。
東北の山には東北の山にしかいないコダマがいる。コダマっていうのは音の響きをつかさどる精霊のことだ。
どこの山にもいるけんど、東北のコダマはズーズー弁が好きだ。だから、ズーズー弁でしゃべると綺麗に響き返してくれる。
次はこれを利用すっつぉ。

まず頂上に立って、これから滑る風景を眺める。
そして「この山に一番似合っている音って何だべ」って探す。
どんな音でもいいげんど、条件が一つある。
必ず訛っていること。
例えばその音が、ちょっと鼻にかかった「ぐぉぉぉぉー」だとする。
音が決まったら、その場で「ぐぉぉぉぉー」と言いながら息を吐いてみる。
まだ滑らない。
「ぐぉぉぉぉー」って吐き終えたら、その場で耳を澄ましてみる。
「ぐぉぉぉぉー」ってコダマが聞こえてきたらOKだ。
コダマが気に入った音だったということだからな。
コダマはどっから聞こえるのか。
それは身体の中からだ。
身体の中には世の中が入っているって、前言ったべ。
山もあれば谷もある。
だから「ぐぉぉぉぉー」って言ったら、「ぐぉぉぉぉー」って身体の中からコダマが返してくる。
このコダマを余韻という。

そして今度は、この余韻と共に滑って行くんだ。余韻が長く長く続くように。

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2009
01.21

必要なときに出る音

Category: 未分類
十一 自然に出てくるものの力を借りる 

スキー動法「はひふへほ」の続きだ。
「はーひーふーへーほー」っていう音は感嘆詞だな。つまり内面が揺れ動いたときに思わず発してしまう言葉だ。
例えばよ、しみじみ感心するときは「はー」って言うし、身に危険を感じてもう降参っていうときは「ひー」、張り詰めたあと安堵を感じると「ふー」、予期せぬ驚きには「へー」、深く納得するときは「ほー」って、口から音が勝手に出てくるした。
本来、音はからだの中に内在していて必要なときに自然に出るもんだ。
この法則を次は使う。

そんじゃ実習するべ。
まず、山の上から世界を見渡す。眺めはいいぞ。とにかく広い視野で見てみる。
すると、ふと遠くの雪山が目に入ってきたとする。一つだけ尖がって高い山。真っ白で刃物のようだ。今まで気がつかなかった山だ。ちょっとした歓喜。思わず「へー」と言いたくなった。
そしたらその「へー」で滑ってみる。
目はその山に定めて、視野だけをゲレンデいっぱいに広げて。そのアングルの中を行きたいように滑っていく。
前とはぜんぜん違うぞ。
息の道も見えるような気がしてくる。
今度は「腹の奥から吐かなければ」なんてちっとも気張らなくていい。
自然に出てくる力を借りて、それを邪魔しないようにするだけだかんな。


ほかの音も、何を見たときに出てしまうのか、今のやり方で探してみるんだ。

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2009
01.20

息の種類

Category: 未分類
十 奥のほうから声が出るようにする

腰を先行させて滑っていくと、だんだんとスキーを履いている感じがしなくなるんだ。からだが軽くなって、腰をちょっと動かしただけでスーっとその方向に動く。またちょちょっと動かすとスッスーっと動く。足が勝手に腰についてくるようになるんだ。それにまったく重量感がなくなっちまう。まるで雪上ダンスだ。
だけんど、スキー動法はは上手に滑れるようになることが目的ではねえ。スキーで自分の身体を変革するための稽古だかんな。自由時間はその後だ。

例えば、ひと息でどこまで滑れるか、なんてことをする。
息を止めてしまわないように、声を出しながら滑る。「はーーーーーー」とか「ふーーーーーー」とか。
声を長く出そうとすると、上体の力が抜けてくる。腹の奥からゆっくりしずかに声を出す必要も出てくる。
へっぴり腰ではまず無理だ。

ところでよ、ちょこっと確認だ。自分の口に手のひら近づけて「はーひーふーへーほー」って言ってみろ。
手に当たる息を感じてみ。種類が違うべ。温度も速度も。
この息の違いがよ、滑りにどう影響するんだべって、やってみるんだ。
「はーーー」は大きなターンが似合う、とか「ふーーー」は直滑降だ、とかな。
声に合う滑りっていうものがあるし、息が続くコースがある。

腹の奥から出ている声だかんな、それと共にすべってくんだ。
自分の奥のほうにあるものが出てくる感じと、からだの動きが一致しているときの心地って、ちょっとええぞ。

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2009
01.19

スキー動法

Category: 未分類
九 腰を先行させる
 
昨日、一年ぶりにスキーに行ってきたんだ。
前にスキー動法やったこと思い出した。

まず前傾になる。もちろんスキーを履いてだ。前傾。
そして膝をスキー板の方向にグーンと曲げる。これ以上曲がんねえところまでだ。
そしたらこの体勢で滑っていくんだ。

だけんど、初心者はまず無理だ。初めてスキーする人は、まず、へっぴり腰になる。
滑るスピードに腰が付いていかねえんだ。一番最後になるんだ、腰が。
どんなに滑らかな斜面でもそうだ。必ずへっぴり腰だ。

けんど、五、六回滑ればへっぴり腰でなくなってくる。慣れだな。
だから、慣れるまではほったらかしでいいんだ。教えることはなんにも無いもの。ただの経験不足だかんな。
恐怖心から滑ろうとしない人がいるけんど、そんときは、もっとしゃがんで、雪面に顔を近づければいいんだ。近くに寄るとそんなに怖くないもんだ。こわ面の人も話したら優しいってあるべした。そんな感じだ。とにかく近づいてみるもんだ。雪も優しいよ。転んでみるとそんなに硬くないしな。

腰がスピードに付いていくようになったらいろんなことできるようになる。曲がったりもできるし、スピード感を味わう楽しみもできる。

しかしよ、スキー動法って謳っているわけだから、楽しむ間もなく次に進むわけだ。
慣れてきて次にやることは、こういうことだ。
腰をスピードよりも先に置くこと。
つまりスピードに付いていくんじゃなくて、腰がスピードを従えるようにするんだ。先行させるんだ。
そのためにはもっと足首と膝を曲げて、もっと前傾になって、グーッと腰を入れる。
スキー靴は硬いから曲がりにくいけんど、気合で曲げるんだ。そしてハッハッと滑っていくんだよ。

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2009
01.18

Category: 未分類
八 すき間をつくる

モーターボートが走ってるときって水とボートの間に空気の層ができるんだって聞いたことがある。大雨のとき高速で車を走らせると、タイヤと地面の間に膜ができてすべるっていうのも聞いたことがある。スキーもワックスをかける。

とにかくすべるっていうのは、すき間を作って進むんだな。

ということは、だ。すべっているうちは、なにとも接触できないってことだ。

考え方をかえれば、つまり何をも痛めない、誰をも傷つけないってことだべ。

安心して自分の世界に集注できるってわけさ。

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2009
01.17

究極のすべり

Category: 未分類
七 内圧は感受性

内圧がたかまればすべり易くなるって言ったけんど、内圧を感受性とか要求とかの言葉に置き換えてみると面白いと思うよ。
例えばよ、腹減ったなあ、旨い米食いてえなあ、と思っているとするべ。そんときによ、母ちゃんが「いい米入ったよ、仲右エ門さんちの手作り米だ」ってご飯を持ってきたとするした。炊きたてのコシヒカリがいきなりどーんと現れるわけだ。お椀にこんもり盛られてよ、一粒一粒しっかり立ってる、艶々でうつくしい山形米だ。それが目の前にあるってわけだ。
どうなるよ。
ハラの奥の奥から、食いっちゃいー!って要求が突き上げてくるべな。そして素直に「いただきます」ってお椀と箸もってご飯、口にかっ込むべ。
そんときの動きだな。それが、すべってるって感じなんだと思うよ。
からだ全部でご飯一杯にに向かっているべ。
すーっと動いているべ。
まさしくすべってる。
けんど、まだまだだ。次がある。

美味い美味いって、ガモガモ食ってるとよ、母ちゃんが突然言うんだ。
「これ一杯しかないからな」って。
えっ、と思うべ。びっくりして手が止まって、開いていた口もゆっくり閉じるべした。
いろんなこと考えるべした。もったいないなとか、もっと大切に食べねとなとか。
からだは止まるけんども、自分の内面がいろいろと動き始めるべよ。
今度はガモガモなんて食えね。ゆっくりと、一粒一粒噛み締めるようにして食うべよ。たっぷり時間をかけてよ。
これが第二段階。

そこへ母ちゃんが更に追い討ちをかけるんだ。
「仲右エ門さん、今年は不作で例年の半分しか採れなかったんだと。だけんど、お前が県高校駅伝目指して毎朝走ってる姿見てるとよ、元気のいい米食べさせたくなったんだと、ちこょっとだけだけんどなってよ」。
そんなこと言われたらよ、今度は逆に食べれなくなっぺ。
だってよ、朝走ってるとよ、仲右エ門さん、もう田んぼにいるんだ。雑草取ったりしてんだよ。がんばれよって声もかけてくれる。
機械に頼らないで全部、手作業で田んぼやってるんだ。難儀な仕事だ。
今年は不作だったのか…。
一気に手も口も止まるべは。
目の前のご飯を見ているだけでよ、なんだかハラも胸もいっぱいになってくるのよ。
まだ半分も残っているのに、もう十分満腹になるんだ。
終いにはお椀も箸も置いてしまってよ。
ぼんやりお米を見ているしかない。
これが究極のすべりだべ。

そしてよ、ちょっと経ってから、思い出したように手を合わせて、「有難うございます」って言ってご飯を食べるんだよ。
ごく普通に当たり前に。

このときの体の動かし方が究極の動法なんでないんだべかね。

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2009
01.16

我が道

Category: 未分類
六 内圧をたかめる

今のシーズン、禁句だけれども、すべるっていうのは動きの基本にあるな、と思う。
息ひとつで動くときも、やっぱり、すべる感じがあるものな。
それでだ、すべるのに必要なものは何か、っていう話だ。
ちょっとだけ、車のタイヤのこと考えてけろ。
空気圧が高いと燃費がいいって知ってっか?
逆に空気圧が少ないと燃費悪いんだと。
考えてみたら当たり前だな。柔らかい方が地面に付いている面積が広いし、それだけ摩擦があるってことだかんな。
冬道なんかは滑るから空気圧は低くしろって、この辺じゃよく言われるもの。
地面をしっかりグリップできなくなっからな。

それでだ、俺だはすべるために、雪道タイヤとは反対に、空気圧をどんどんたかくするってことだ。何処にって、足にだよ。足に空気入れるつもりになるんだ。浮き袋に空気入れるみたいによ。
どっから入れるんだって、どこでもいい。空気入りそうなところだよ。
実際にしてみっと、案外、入っていく感じすっぺな。その感じが大切なんだよ。
ふにゃふにゃで平べったかった足が膨らんでくる感じがしたらよ。パンパンになるまで入れてみるんだ。ぷくーっと立体的に見えるまでよ。
そうすっとよ、今度は体の方まで膨らんでくるべ。そうなりゃ相当すべりやすくなってるべな。
膨らんできた、ということはよ、体の内圧がたかまってきたっていうことだべ。
これが大切なのよ。
内圧がたかまってくっとよ、外からの圧力にも影響受けにくくなるべな。外の刺激もボーンとはね返すした。屈しなくなるってことだな。
つまり、すべってるってことは我が道を持ってひた走ってるってことだ。

うけ狙いですべっても受験ですべっても、内圧たかめてひたすらすべるんだよ。




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